「或る一日」

20081229 かずみんと機物神社

素敵な時間があったので筆を動かしました。かずみんは私のモノ作り仲間。毎年七夕の時期に星ヶ丘で作品展をします。彼女はきっと織姫です。

ふと思い立って交野にある機物神社へお参りに行きましょうとお誘いをしてみました。以前七夕伝説の土地めぐりをしたときに織姫を祀った神社

としてお参りをしました。その時神社で出逢ったのが「信は本なり」という言葉。それ以来作る事、人を愛することにおいて信じることを肝に銘じ

がんばってきました。今日であった言葉はまだ自分で消化できていないのでまたいつか此処に書こうと思います。信じてきたけれど、どうしても

進めなくなった時、自分の気持ちすらもわからなくなったときに、一番に思いついたのが機物神社でした。そこにいけば、何か自分自身が見えな

くなっているものが、クリアになる気がしました。かずみんは毎年七夕に深く関わってきて、そしてダレにも言えずに隠している私の本音をいつも

しっかりと見抜いてしまう人です。だから、その神社にはかずみんと行きたいとおもいました。行き道もよくわからないままに二人で電車とバスを

乗り継ぎなんとか辿り着きました。道中私たちはいろんな話をしました。心に秘めて1人でがんばっていることも、何かすんなりと話すことができ

少しほっとして、財布に入っていた小銭は全部まとめてお賽銭にしてお参りをしました。小さな神社ですが参道がとても静かなすっきりとした気に

満ちたところで、守られているという空気がちゃんとそばにあるような場所です。私にはとても身近な気がするところです。天照大神の縁の神社で

来年早々に伊勢神宮へいくので、ちゃんと今年の終わりと新年の始まりが繋がっているのだと知り、ココに来た事も自然な事のような気がしました

何年か前に来て以来、気になりつつも来れないままになっていて。 ずっと何となく「機物神社の神様にお参りをしなくては」と心のすみに思って

いたので、ようやくすっきりとして、お天気もよかったのでぷらぷらと歩いて少しさきのバス停をめざしました。ところが話に夢中になっている間

にどうやらバス停など通り過ぎていたようで、気がつくと道の先には何にも見えず真っ直ぐにどこまでもゆったりとした風景が続いているのです。

しかし私たちはO型の二人。どこかへ辿り着くでしょう。といいながら何の不安も無くひたすらに真っ直ぐに歩いて行きました。そしてある交差点

にて、不思議なお寺の看板を見つけ、ちょっと寄ってみましょう。と寄り道。あまりぱっとしない現代的なお寺だったので二人で声を出して一言

「帰れますように」とお祈りをして社務所にてバス停を聞いてみたら「そこを左に行けば神社があり、その前にバス停があります」と教えてもらい

行ってみたら戎さんだったので、またお参りをしてようやくバスに乗ることができました。小銭を最初に全部いっぺんにお賽銭にした私は二つの

神社ではお賽銭ができず、計画性の無い勢いだけで生きている性格がここですっかりとあからさまになったような気分で、恥ずかしいような楽し

いような。こういうのを無鉄砲というのでしょうか。そして、またもや行き先を確認せずに乗ったバスでは、ちょっと想像していた場所と違う駅

に辿り着き、不思議な気分で旅を終えました。少し温かいものが飲みたくなったので駅前のスターバックスで二人して甘いドリンクを飲みながら

ふと「今日いろんな話を聞いてたけど、七重さんはなんで我慢してるの?」とかずみんの一言。なんでだろうね。今無鉄砲にいけばいいのにね。

 

20081226 仕事納め

昨日で箱庭での期間限定「雨月サロン」が終了しました。今年のお仕事はこれで終わりにします。ご来店いただいたお客さま本当にありがとう。

5日間クリスマスの気分を楽しみながらゆったりとさせてもらいました。最終日のクリスマスは晴れているのに雨が降っているという不思議な天気

で、久しぶりに「雨月サロン日和だなあ」としみじみと思いました。このところずっと言葉が綴れなくて、日記を書くという事が出来ずにいました

正直な言葉がどうしても書けなくて、何を綴っても何か自分から離れた言葉のような気がして・・・。ようやく仕事を終えて1人で考える時間を

作り、一日のんびりと何もしない時間を過ごして、やっと正直になれました。今年、私の手の中にとても大きくて綺麗に輝く星が落ちてきました

何故、私の手の中にその星が落ちてのっかったのかはわかりません。でもとても綺麗だったので大切に大切にいつも胸のすぐ近くに隠して持って

いました。何か困った事があるとそっと取り出して勇気をもらったり、癒してもらったり、なだめてもらったり・・・。そんな風に大切にしてき

たのですが、今年も終わろうという12月。あまりにもキラキラと輝いて、それが私の手の中には抱え切れなくて、怖くなって手をそっと離して

しまいました。手を開いた瞬間、もう消えてなくなっていました。本当にあっけないものです。その夜一粒の流れ星をみました。きっと夜空へと

旅立ったのでしょう。私の悲しい恋愛事情をここに綴っても仕方ないので少し素敵な言葉にしてしまいましたが、今はそれしか頭になくって他に

綴れなかったのです。失くしたものが大きすぎて未だに何か空っぽな気持ちを持て余し、途方に暮れるばかりですが、大切なのはきっとここから

なのだろうと言い聞かせています。人と人は出会った事よりもその後にどれだけ「出逢いを結び続ける何かがあるか」ということが大事なのだそ

うです。私とキラリと輝いた大きな一粒の星。涙を流してその「何か」をぼやけさせてしまうより、作り続ける事で私はいつかそれを見つけたい

と思いました。私には作ることしか結局はなくって、喜びも悲しみも、何もかも、私の目の中に映る愛しいものを形にし続けていたいと思います

今年はこれで筆を置く事にします。来年、鞄のページも新しくして、またゆっくりと綴っていこうと思います。 今年一年、近くで遠くで、応援

してくださったみなさま、本当にありがとうございました。そしてまた来年もゆったりと見守っていて下さいね。皆様へたっぷりと愛を込めて。

 

20081213 大きなご褒美

昨日は夜雨の八回目の日でした。詳しい事はまた夜雨日記にてゆっくりと綴りますが、とても素敵な一夜になりました。そして少しだけ肩の荷が

おりたのか、今日は朝から何が何だかわからないままに過ぎてしまっています。どうしても今日中に送らなくてはいけない鞄を仕上げ、大急ぎで

郵送の準備をして、夕方ようやく鞄を送り出し少しだけほっとしたのはいいけれど、何だか頭の中がボーーーッとしずぎてどうしても次の仕事に

とりかかれない・・・・。  昨日、師匠がわざわざ夜雨のために、しかも夜雨のマスターをするために葉山から足を運んできて下さいました。

それだけでも感激なのですが、師匠のギターとウクレレの先生レーレーさんのウクレレをバックに私が詩を朗読するという素敵な事までさせて

らい極めつけにはレーレーさんのウクレレバックで師匠とデュエットのように詩を掛け合いで朗読するという素敵なパフォーマンスまでさせても

らい・・・。がんばっててよかったと感無量でした。この続きは夜雨日記に綴る事にして、とにかく今はきっと胸がいっぱいなのだと思います。

年の瀬にとても大きなご褒美を頂いたような気分です。ぼんやりばかりもしていられないので、しっかり気持ちを入れ替えて次の仕事へ・・・

 

20081203 赤い大きな太陽

11月に参加した琵琶湖一周の駅伝で10キロほど走りきり、その後何となく走ることが気持ちよくなったので仕事の合間の息抜きにと夕暮れ

のジョギングをしている。今の季節は日が暮れるのがとても早いので4時から少しだけ、近くの河原まで行って走ってくる。ちょうど夕日が

沈んでいく中を空気の温度が少しずつ変っていくのを感じながらゆっくりとリズムを崩さずに走っている。走り終えた時にはちょうど太陽は

真っ赤になって川の向こう岸の樹々に沈んでいくところだった。ものすごい大きかったので少し口がぽっかり開いたまんま見惚れてしまった

一年前の自分にはきっと、ジョギングシューズを履きジャージで河原を走る私なんぞ想像もできなかっただろう。人生は全く不思議なもの。

帰る途中でものすごく赤く美しく紅葉したモミジを沢山発見した。今年は紅葉をみるために何処かへ行くということができなかったけれど、

とても身近なところで沢山の美しい色に出逢える。本当はいつでも側にこんな風に沢山の色が存在しているのだろうけれど、今まで全然目を

向ける事が出来なかったのだと気がついた。走ることでいろんなバランスがとれてくる。それは今まで経験したことのない気持ちいいもの。

体をすっきりと健康に保つためには口にする食べ物にも気をつけるし、着ている衣服も肌にやさしいものになってくる。そうすると行く場所

や自分が身を置いている環境、人間関係も見直そうと思ったりしてくる。自分にとって良いものや大切なものが以前よりもはっきりと見えて

くる。とてもいい流れが出来上がり、心がすっきりと気持ちよくいられる。このまま、この良い流れをしばらく持続させようと思っている。

 

20081125 豊かなときを

あまりに気持ちがいい風が吹いたので、ちょっと外へ出ようと郵便を出しにゆく。私の住む町には街路樹として銀杏がずっと続く道があって

(柳の道もある)ちょうど黄色く色付き、太陽があたると黄金の道のように輝いてくる。本当にキラキラ、キラキラとするので見ているだけで

心は満たされてくる。私にとってはこういう美しさに感動出来ることこそが黄金と同じ意味を持っている。豊かさとは経済的な豊かさも大切

だけれど、日々の些細なこと、自然の計り知れない輝きと美しさに素直に感動出来る心を持っている事ではないかと思う。自分でもアホじゃ

ないかと思うくらい木々が太陽で輝いているのを見ているだけで沢山のご褒美をいただいたような、涙がでそうに胸が温かくなってしまう。

生活する中で木々や草花、自然から私は沢山の豊かな時間をもらっている。夕暮れ時はとくに沢山切ないほどの温かい輝きをもらっている。

桜葉の紅葉が散り始め、少し淋しいなあと思っていたところ、路地にある気にいってたまに眺めている花壇には新しい小さな苗が植えられて

「花の赤ちゃんが眠っています。植え込みに入らないでね」という可愛い注意書きが置いてあった。季節はちゃんと日々移り変わっている。

冬桜が花をつけました。という便りをもらい桜のお裾分けに嬉しくなったのと同時に、この時期に桜と出逢えたことを羨ましく思っていたら

なんと私の元にも桜が届いた。私のは桜の葉にくるまれた小さな白いお餅だったけれど。これも冬桜には違いない。私の家の小さな鉢の桜は

まだ黄色い葉をつけているけれど、よく見るともう次の春への芽をつけていた。植物の力は計り知れない。 人の中にもきっと同じくらいに

計り知れない力が秘められていると私は思う。それを育てて大きくしていくかどうかは、きっと自分次第なのでしょう。そう思うと楽しい。

 

20081121 夢を見て旅にでます

12月末に開催する事になった5日間限定ショップのDMの印刷を頼み、あとは仕上がりを待つだけになってようやくホッとしました。12月の

初めにはお届け出来るかなと思っています。さてさて、今日「そういえばニットの帽子があったはず」と思いあっちこっちを探していたときに

ふと「このトランク昨日夢に出てきた」と突然思い出した。トランクといっても以前作品としてカゴと布とを張り合わせて作った大きめのもの

で、実際にそれで旅をすることはできません。でも夢の中で確かに私はこのトランクに旅に必要なものを詰め込んで「これで準備ができた」と

すっと立ち上がったのでした。 そして今回のイベントのテーマがなんと「12月の旅支度」・・・相変わらず、すごいタイミング。ようやく

どこかへ羽根を広げて飛んでいきたいなと思ったので私の心の旅仕度でもあり、お客さまの「旅に必要なもの」を探しにきてもらうための時間

でもあります。ゆったりとした時間の中で言葉を交わしたり楽しいものを見て手にしてもらう事で、きっとその人それぞれの旅に必要なもの、

それは後押しをする言葉であったり、勇気を出すためのお守りのようなものであったり、日々をつづっていくための手帖であったり、私はそれ

らをそっと用意して、箱庭という素敵なアトリエでお待ちしていようと思っています。クリスマスだし。 自分へのご褒美でも、大切な人への

贈り物としてでも。あなたにとって必要なものを、どうぞ探しにきて下さい。まだ、告知するには早いかな・・・ちょうど一ヶ月後ですよ。 

 

20081117 蓄える日々

秋も深まり、風のなかに木々の色づく匂いが混じる夜。 これからの自分のためにと大切なことを勉強する毎日。昨日は刺し子のお話を聞きに、

今日は朝から草木染めを習いに大好きな陽子さんの元へ。いつも素敵な笑顔のこれまた大好きな女性と共に。二人で藍に向き合い話をしていると

何だか学生のような気分になってしまった。学ぶというのはわくわくとする。それが心地よく大好きな環境ならもっと気持ちが楽しくなってくる

星ヶ丘の落ち葉を煮出し、その染液が綺麗で感動する。 桜、柿、いちぢく、その他名前の知らない木々の落ち葉を沢山集めてそれを煮出した。

煮出す間、だんだんと甘い香りが広がっていく。落ち葉とは思えないまだまだ力のある生きた新鮮な果実のような匂いだった。 色は茜を帯びた

透明な赤茶色で、自然の色に説明や名前をつけることの難しさを思う。「落ち葉」という響きのもつ色とは到底かけ離れた色なのだった。沢山の

落ち葉を混ぜ合わせると濁った濃い色になるのかと思ったけれど、綺麗なものだけが現れてきたように、赤味の強い透明な深い味の茶色になった

染めた後の色は、また面白く黄色味のほうが濃く出てきた。輝くような深みのある落ち葉の色。 栴檀の木、ユーカリの木の染めも試してみた。

念願の枇杷葉で薄い綿の生地を染め、やさしくかわいいピンク色に染まる。思っていた通り枇杷染めは自分の気持ちにぴったり寄添う。藍染めを

していると突然服やらデニムやら自分自身やら、全部が藍に染まりたくなりジャブンと入ってしまいたくなった・・・。染液があまりにも美しく

染める間にも刻々と変化する藍の色や少しとろりとした感触に惹き付けられてしまった。 でもそんなことをしたらきっと大変なことになるので

その衝動を抑えて布をゆらゆらと泳がせる。草木染めは、葉を煮出すところからもう部屋中が良い匂いでいっぱいになる。それだけで良いものに

包まれているような心地がして癒されてくる。枇杷で染めている時にはあまりにも可愛い色に染まり始めてゆくので、また私も染まりたい・・・

などという気持ちが起こってくる。私は一体何者なんやろう・・・。布がやさしい色に染まるのを待ちながら見ていると、良い色やなあ・・・と

もうそれだけで一つ満たされてしまう。布が浸された鍋の中を時折かき混ぜながらただただ見ているだけでジンとする。刺繍をし始めたおかげで

忍耐力がついたのだろうか? 出来上がりや完成を「待つ時間」が自分にとって大切な時間になり、そこへの過程がとても重要な時間になった。

布の声を聞く、作り出す手の声を静かに聞くこと。私はいつもそこらへんで仕事をしている。 陽子さんは「まだ染まりたいって言ってるね」と

枇杷の葉の液に浸された布を見てこともなげに言ったので、ここにも私と同じように感じながら生きる人がいるのだなあと嬉しくなってしまう。

草木染めもひたすらに時間がかかる。刺繍もそう。一つ一つ順番に進めていかなくては美しいものはできない、急ぐと何もかもが狂ってしまう。

やっと一つ一つ積み重ねていく時間をゆったりと楽しめるようになってきた。 窓辺には今日染めてきた5色の布がひらひらとかけられている。

 

20081111 桜の紅葉の匂い

空が燃えるような夕焼け しばらく立ち去る事が出来なくてあてもなく歩いた 光る柿色からだんだんと紅葉するように紅色の空になっていく

なんて美しい時間だろう・・・ 悲しくなるくらいの燃える色。 ちょうど桜の葉が同じ色に紅葉していて、その葉っぱを濃く映し出すように

夕焼けは増していく。桜の葉が紅葉したときの良い匂いに体が包まれる。大きく大きく息を吸い込んでその匂いを体の中に取り込むようにして

みると、不思議と幼少のころの感覚が蘇る。何もかもが新しい発見のように楽しくて、何もかもが美しいものに見えた感覚。急に体中から毒が

抜けたような気分になりふわふわとしてしまう。生まれたての無防備な心になったよう。 そのふわふわとしたまんま、家路につくために歩き

だした。ふとアスファルトの上の白線に綺麗なハートマークを見つける。 何でこんなに気分がいいのだろう・・・そう思って、考えてみると

昨日とても良い時間を過ごしたのだった。 家族が寝静まったあとの静かな台所で、一人今月の夜雨の付き出しのための大根の煮物を試作しな

がら温かい出汁の香りに包まれて静かに刺繍をしていた。 この「煮物をコトコト煮込む間のやさしい香りに包まれながらする手仕事」という

のが私にとっては何にも替えられない本当に幸せな時間。 この時間を過ごすことによって私の壊れていたバランスが整ったような気がした。

煮込んでいる途中で、もう一度味見をしてみたら出汁があまりに美味しくて思わず何度も味見してしまう。これに自家製味噌で作るタレを少し

添えていただきます。寒くなってきたから。 やっと3月に仕込んだお味噌も味が落ち着いて、美味しくなってきたので冬料理が楽しみです。

 

20081110 愛で満たして

昨日は星ヶ丘洋裁学校のお祭りでした。 朝からはりきってお手伝いをして一日中外にいたからか、帰るころになって急に風邪がぶりかえして

きたような気がして、「ちょっと風邪をぶりかえしそうなのでお先に失礼します」と魂の恋人である某理事長先生に挨拶をして帰ろうとした所

大きなぐい飲み片手に「七重、それは愛が足りて無いんや。わしが愛しとるからすぐ治るわ。ワハハハ」と送り出してくれた・・。相変わらず

素敵な人である。愛に満たされたら風邪も治る。そんな風に言える人間がどれだけいるだろう・・・。 私もそういう事を信じる一人だけど。

自分の子供に「愛しているからすぐにこの風邪も治るよ」と言って抱きしめてあげれる母親がもう少しこの世に増えたら、ほんの少しだけでも

世界がやさしくなるかもしれないと思い、静かにそう願ってしまった。 大きな大きな愛を、いつも持っていられるように私自身が心地よく生

きていようと心に刻む。帰宅してから、さっそく自分自身のためショウガたっぷりの温かいスープを作ってのんびりとした気分で夜を過ごした

「愛する」ということはいつでも養分を送り続け育てるようなものだ・・・そんなことをふと思う。大地が地球に生きる生命にいつでも養分

無償で与え続けてくれていることと同じ。私は自分への愛をすぐに忘れて空っぽになってしまう。だから今はすこしだけ自分へ愛と自由を。

 

20081107 雨の降ったあと

このところ毎日とてもよく眠る。眠れない夜が続いたことの反動なのかぐっすりと、でも沢山の夢を見て、目覚ましを鳴らす事なくゆっくりと

目が覚める。「眠る」という行為の方法を突然に思い出したかのように、毎日、何かを埋め合わせるようにぐっすりと眠っている。今はそれに

まかせてゆっくりとした日々を送っています。「作る事」と「頭を休める事」を意識的に交互に繰り返している様で、作り続ける日々に比べる

とだいぶ人間らしい毎日のように思える。 12/21から25日までの5日間、大阪の北浜にあるアトリエ箱庭にてクリスマスの限定ショップ

を開催することにしました。 大阪ではなかなか鞄をみていただけるお店もないので、久しぶりに私自身が店主として、みなさまをお迎えする

ことにしました。喫茶も致しますので、ゆっくりとお茶を飲みに、そして会いにきて下さい。 まだこれからDMを作るので11月の下旬頃には

お届けできるかと思います。お楽しみに。そんな訳で今年の締めくくりはクリスマス。みなさまにとって楽しい時間となりますように・・・。

 

20081102 手の中に

気がついたら一週間も言葉を綴れないままに過ぎてしまった。  心の中が空っぽのまんま、空白の中をふわふわとしたままに歩いている。

いろいろと考えたいのに何だかうまく心と頭が繋がらないようで、ずっと何も考えられないままに過ごしている。そろそろしっかり気持ちを

切り替えていかなくては、このままでは今年があっという間に終わってしまう・・・。 「作り続けたいもの」をじっくりと考える日々。 

ふと素敵なエピソードを目にする。 それはバイオリニストの話で、演奏を始める直前に弦が一本切れてしまう。観客はどよめく。けれども

バイオリニストはそのまま弾き始めた。たった三本の弦だけで、美しい音色を奏で演奏をやってのけた。 拍手喝采の観客に、静かに語った

のは、「私たち芸術家に与えられた使命は『手の中にあるもの』でどこまでできるかなのです」という言葉だった。 無いものにばかり気を

とられてしまって、焦ったり迷ったりしているけれど、手の中にあるものを見つめてそれを精一杯に生かして一歩を踏み出すことこそが大切

なのだと思い知らされる。足りないものにばかり心を奪われているよりも、手の中にあるもので少しずつでも精一杯に前に進んでいたい。 

 

20081025 作れない時間

突然何も作れなくなってしまった。 何かがあったというのではなく、これからの新しい形を探していたら少しだけ身動きがとれなくなった

だから良い前兆。新しいものが生まれる前触れは小さな落とし穴のような一時停止。 今日はそんな気分を少しだけ変えてみようかなと思い

風邪が悪化したような気もするけど、病は気からなどと自分をだましながら神戸へ仕事の買い出しをかねてぷらりとしてきた。 私はものを

買うときは直感なので他の人達がどんな風に探しながら欲しいものを買うのか少し知りたくなった。私の鞄に出逢う人達はどんな風に思って

それを手にしてくれるのだろう・・・ピンときたからなのだろうか? 作れない時間に、思い描く形が自己満足だけでないことを祈りながら

どういうものがお客さまを喜ばせたり、わくわくとしてもらえたりするのかを考える。私はベーシックな服しかたぶん着ていないのでそれに

映えるようなものを作っているのだけれど、お客さまは一体どんな風にコーディネートするのだろう?考えだすととても楽しくなってくる。

 

20081024 思いついた事から

あけびの天ぷら 栗のフライ 煎り銀杏 いちじく ほくほくのジャガイモ  秋の実りを頂きながら大地からの力をわけてもらっています

熱を出し、どうにもこうにも元気がでなくってどうしたものか・・・と思っていたけど、お客さまから届いたやわらかな音楽に気持ちも少し

リラックスしていたとき、ふいに思い浮かんだことがある。 それを現実に動かしてみるために知り合いにメールで少し尋ねてみたら思いも

かけない素敵な提案をいただいた。 12月に少しだけ特別な時間を作りますね。クリスマスの少し前。 一年のうちで一番わくわくとする

素敵な期間に・・・詳細はまたゆっくりと。 テーマは「旅支度」 そろそろ私も新しい旅に出たいなと思うのです。だから旅支度を・・・

 

20081021 海から吹く風

窓の外には大きな海がずっと遠くまで広がっていた 虹がかかり本当にエメラルドのような透き通ったグリーンと深く濃いブルーの海だった

風は暖かい海に吹く風と同じような、やわらかく肌に触れていく心地よく湿り気のある風。 潮の香りよりも緑の香りがする風。そして突然

光が入り込んでくる。 黄金と言うよりは、太陽の色に輝いている光。私の横を真っ直ぐに通り、道を照らしている。    夢の中で見た

海の風景が、とあるカフェの窓から見えたような気がした。ピアノの音、風の温度、やわらかく肌に触れる風の感触・・・ 不思議な時間を

過ごしていた。 仕事のことでかなり落ち込んでいて、心を癒す珈琲を飲みに行こう。そう思って入った素敵な店主の営む京都のカフェ。 

繁華街の中にあるのに、ひととき、何故か海を感じていた。 少し元気を取り戻して帰宅すると、妹から美しい貝殻のお土産が届いていた。

 

20081015 守られる場所 

急に思い立って星ヶ丘へ。 以前から温めていた星ヶ丘洋裁学校の庭の草木を使って草木染めをしてみようという計画をすこし進めたいな

と思いそのお話をしに行きました。 冬になる手前、葉が落ちてしまう少し前。そのころの草木を使ったらどんな色に染まるだろうか・・・

そんなことを話していると何だかとても楽しくなってきて、日が暮れてしまったことにも気がつかないくらいだった。 久しぶりにスタッフ

仲間の和美さんともゆっくりと話をすることができて、お互いの近況報告とこれからの活動のことなど話は尽きなかった。 ギャラリーの

に夕日と木々のシルエットが美しい模様を織りなす時間、私たちはその時間を「キラキラ」と呼んでいるのだけれど、やっとほっと一息

つけた気がした。 今はやっと展示会も終了して日常の仕事のリズムにもどり気持ちも落ち着いてきた。予定が次へ次へと決まっていると

やはりいつも心は先へと向かい、頭の中では思考し続けている。それがふっと息をつくように途切れ、初めて息継ぎをすることができた。

のんびりできるわけではないけれど、少しだけゆったりとこれからのことを考えるような時間が持てる気がして、何をしようかとあれこれ

思いを巡らせる。そんな気持ちのゆとりが人生を豊かにするのだと、あらためて思い出せた気がする。ひとときの守られる場所での休息。

 

20081011 強い色のトルコ桔梗

昨日の夜雨のゆったりとした余韻もどこへやら、今日は朝からひたすらに鞄を作っていました。どうしても今日中に仕上げてしまわなく

てはいけない鞄だったので、集中するものの途中できがつくとぽろりと想いは他へと馳せてしまう・・。それでも気持ちを立て直しつつ

集中を続けてどうにか綺麗な形の「アダムとイブのボートの鞄」を完成させた。ほっと胸をなで下ろし、夕暮れにさしかかった空を見て

少し気分を変えなくては・・・・と外へでる。 気に入っている花屋さんまでゆっくりと歩き、今日の気持ちにピンとくる花を探した。

目に入ったのはとても強いピンクのトルコ桔梗だった。ワインレッドの透明水彩絵の具を水で溶いた色に似てピンクとは言い難いような

強い美しい色をしていたので、その花を買って帰る事にした。 夕暮れの太陽は空をどんどんと染めてゆく。 私はこの時間に歩くのが

一番好きかもしれない。朝の透明な空気の中も気持ちがいいけれど、ゆっくり夜へ向かう時間、太陽は世界を染めてゆくから。或る時は

黄金に。 その中を歩いていると、ただそれだけで人生は素晴らしいとさえ思え心がじんときてしまう。 沢山の試練を乗り越えた人は

静かな幸せを見つける方法を知っている。これは私の持論。 今日手にしたトルコ桔梗は私の部屋で強い生命力を放ってくれている。

 

20081009 夜雨のカクテル

明日は久しぶりに着物を着る夜雨の日。秋の始まりに似合うようなカクテルを考えながら、季節は確実に変っていることを思っていた

この何日間かは自分の中に足りないものを埋めるような毎日を送っていた。ぽかんと空いた穴に風がスースー吹き抜けるので心が痛く

なり、それを埋めるように楽しいものや美しいものを求めて、眺めて、手を動かし作っている。 季節が変わることを感じて過ごして

いると空虚な気持ちに囚われてしまいそうになっても、ちゃんと「今」と共に生きる力が湧いてくる。 夜雨は毎月やっているけれど

その月ごとに風の温度や匂いも違う。このところ窓から感じる風や、道を歩いているとき包まれている空気が秋の花の甘い匂いに満た

されている。うっとりと、そして少しだけセンチメンタルな秋の甘い匂い。「悲しみをやり過ごす方法」を知ってしまうと、たいてい

の事にはびくともしない気がする。 やりたい仕事、形にしたいことが沢山ありすぎて、今は悲しみすら端っこへ追いやる事が出来る

 

20081005 ゆったりと詰まっている予定

今日までの3日間。何となくゆったりと過ごしています。昨日は京都の北山へ登山。登山仲間のおじさま達は人生をやんちゃなままに

過ごしてきたような、本当におおらかで楽しい人達。 熊よけに。と面白い話をしながらわいわいと笑いの絶えない登山なのです。 

夜泣峠を抜けて、シダの生い茂る静かで光がきらきらとする道を抜け(本当にシダの揺れる海のようでした)杉の美しい林の中を歩い

て行く。今回の山道は土の上に幾重にも落ち葉がつもり、足にもやさしい気持ちよく歩ける道でした。落ち葉はところどころ松の葉に

変わったり、藁のようにふわふわの道があったり。それによって、そこに生えている木々や植物を知ることもできる。 風はその道、

その道で違う匂いを運んできてくれるので、金木犀の甘い匂いにハッとさせられたりもしました。だいぶ巨大なイノシシの足跡を発見

してしまったり、細い細い足を持つ綿毛のような蜘蛛を足元に何度も見かけたり。町の中ではみかけることのできないような美しい色

(やさしい空の色と土のような赤茶色)の蝶を見かけたり。 山の中では、私は見えるものが沢山あってとても楽しい。今年もアケビを

木からもぎとって中の甘いグロテスクな種を口に含み、乳白色の甘い部分だけ楽しんだら、あとの黒い堅い種はもう一度山に返そうと

ペッペとそのへんに巻き散らしておけばいい。 土から、太陽から、木々の発散する力から・・自然から直接に生命力をわけてもらう

ように静かに大きく息を吸い込んで体中に沁み込ませておく。 今の私にはとても必要な風景がそこにはあり、自分の足で歩き、体を

使ってそれを確かめるように視覚、聴覚、嗅覚、味覚、それらを使って自然の中に溶け込んでみる。 途中に、少し開けた土地があり

畑をして生活するにはとても良い土地だ、とおじさま達が口々にいう。「こういう所に住みたいなあ」とそれぞれに夢を頭の中に膨ら

ませているようだった。でもやっぱり「ここまでは誰も遊びにきてくれないなあ、それは淋しいわ」と人間らしいことを言っていた。

だから、1人で旅を続けられる人に私たちはとても憧れる。家族や、友達とも離れて自分一人きりで生きて行くことを覚悟出来る人。

そういう風にしか生きられない、きっとその人はそういうのだろうけど・・・。そんな話もしながら、偶然見つけた茶店でぜんざいを

食べ、江戸時代から使われていたという古いかまどなどを拝見して、時代を超えたようなゆったりとした時間を過ごすことができた。

本当の意味で孤独と向き合って作って行く覚悟が、私にはまだまだ出来ない。やっと腹を決めた、そう思った次の瞬間には脆くも崩れ

去っている。 人間はその時その時でいつも何かしら問題を抱えて生きている。そう教えてくれた人生の師の言葉が深く響いてくる。

 

20081002 トルコの色

京都に納品があり少し離れた距離の二店舗のお店をはしごしたらさすがにへとへとになってしまい、どういうわけか帰る気がしなく

なったのでそのまま京都から夙川の友人の営むお店までさらにハシゴする事にした。 彼女とは双子のような親友で、いつも二人で

出かけたあとはもの凄く元気になって帰宅する。お店に着いて話をしていたら彼女は「ちょうどどうしてるか心配になってメールす

るつもりだった」と笑っていた。少し前にトルコに仕入れに行っていたので収穫物をいろいろと見せてもらった。 きわどい好みが

似ているので、それは誰が買うの?というようなキッチュな楽しいものをいつも探してきては、これは七重ちゃんにどうかなと思っ

て・・・と楽しそうにみせてくれ、 いつも見事にすっかり気に入ってしまう。今日は澄んだ綺麗なブルーにペイズリー柄の布を

一目で気に入ってしまって、使うかどうかもわからないのに多めに買ってしまった。私はいつも色からパワーをもらう。気持ちが

弱くなってしまって、どうしても気合いが入らないときは思い切りパキッとした色を身につける事にする。帰ってから早速、それで

自分の為にストールを縫った。ちょうど肌寒くなってきたので首にさらっと巻くものが欲しかったから。久しぶりにはっきりとした

色を身につける。ああ、そういえば私はこういうキツい色も普通に着るのだった。と思い出して、1人で楽しくなってくる。簡単な

女だ・・・と苦笑してしまう。なにか調子がでないなあと思っていたけど、きっと色が足りなかったんだ〜。トルコの色に感謝。 

 

20080930 ちょっと休憩

予定していた仕事が今日は早く終わった。いつもなら少し時間があるから、もうちょっと作業を進めようか・・・と次の鞄の準備に

取りかかるところだけれど、今日は少し休憩。 今は仕事を詰め込むよりもお休みを自分に作る事が大切なのだと気がついたから。

最近はネイティブ・アメリカンの詩や言葉を大切に読んでいる。 土の匂いや動物の足音と共に生きている訳ではないけれど、風の

声や月の光は私の生活の中にもある。雨の温度で季節が変わっている事を知ることもできる。自分に必要なものだけ、いつもそばに

あればそれで豊かに生きられるのだと、知ってはいても何かに追い立てられるように忘れてしまう。そういうひと時に、自然と共に

生きる人達の言葉は強く響いてくる。調和のある美しさを心の真ん中に置いて、しなやかに静かに強く生きていたいと改めて思う。

 

20080929 仕事のおかげ

ここ一週間ほど、どうも心と体が分離したようなふわふわした日々を過ごしていた。 どうしたもんかなあ・・・・と自分で自分を

しばらく放置していた。 あまりに気持ちがもやもやと落ち着かないので心の通じる方に相談をしてみた。そうしたところ「それは

プレッシャーではないですか?」というお言葉。そうだったのか、コレはプレッシャーだったのか・・考えてみたらプレッシャーと

いうものをあまり感じたことがなかった。物事を重荷に思ったことがあんまりなかった。というか、きっと気がついてなかったんや

ということを初めて知った。これから進む道を思い、知らず知らず自分にプレッシャーをかけていたのかもしれない。それが自分で

わかってからは何だかアホらしくなってしまった。そうこうしている間に仕事の催促のメールが入り、いっきに現実にもどされた

仕事があるというのは本当にありがたい。救われた。そう思いながら「愛を運ぶ鳥」をやさしいピンクベージュの糸で刺繍する。

昨日はもやもやした気分を振り切るように、体力もないのに河原をジョギングしてきた。その突然の行動の後遺症とでもいうべき

筋肉痛で今日は足がすこし重たい。雨がやんだらまた走る事を続けよう。走り続ける人生にももう慣れたから、10月に少しだけ

休息をとって、そのあとはまた1人で駆け抜けよう。と心に決めて、夢見ているものをもう一度確認するように強くイメージした

 

20080926 葉っぱと羽根

ようやく仕事のスイッチが一つ切り替わってオンになったので、再び刺繍をする日々に戻った。 今日はベージュの糸で葉っぱを

刺繍していたのだけれど、光沢のある糸の刺繍は何故か葉っぱが羽根に見えてきた。こないだ羽根の刺繍をしたからかなあ・・・

「大切な手紙をしまうためのふくろ」という名前のついた小さな包みを二つ仕上げる。久しぶりにいっきに刺繍をしたので集中力が

あっという間に切れてしまう。 オーダーをいただいていた鞄も完成し、郵送の手配をする。 「透明な青い空」をイメージして

お作りした鞄は、お客さまに届いた時点できっとすぐにしっくりと馴染むだろうな。と肩にかけた姿を想像して楽しくなる。青い

空の持つゆったりと大きな包容力のある鞄であればいいなとも思うし、お客さまの放つ印象もそういったおおらかな空のイメージ

だった。だから鞄はすぐに形になっていった。不思議なほどにしっくりと形になっていった鞄。 やっぱりお客さまの顔を想像し

ながらお作り出来るのは嬉しい。オーダーのお仕事はお客さまとの共同作業でもある。漠然としたイメージから、私が何かを探し

キャッチしてそれを形にしてゆく。とても面白く楽しい作業。もう少したくさんの方に、そういう鞄の頼み方も可能なのだという

ことを知ってもらいないなあと思う今日この頃。 それにはやはり来て頂ける場所が必要なのだろうな・・・と工房引っ越し計画

を胸に秘め、こつこつとまた針を進める。 そういえば、今年の年末から来年にかけてめずらしく作品展の予定が全くないのです

予定を入れるという思考すらいまのところなくて。なぜか、大切な何かの準備をしている感じがして、「なにか」はまだわからな

いのだけど、予定をいれてはいけないような気配を感じて、そっと充電するような時間を過ごしています。 来年は何か大切な事

が大きく動く予感。そんなことに今日はふと気がついて、ものすごく楽しみになってきてしまったのでした。楽しい秋の夜長。 

20080924 バレエ

小さい頃、近所に住むいとこの女の子がバレエを習っていた。私はよくお迎えについていって練習をじっとみていた。その頃から

ずっとバレエが習いたかった。指先の先端まで神経を集中させて美しく優雅に踊る女性が本当に素敵だった。 やわらかでふんわ

りとした衣装も憧れていた。薄いピンク色や水色の衣装を纏った妖精のような女性達は体重を感じさせないくらいに軽やかに舞い

くるりと体を回転させるたびに薄くて溶けてしまいそうな風のような衣装が同じようにふわりと舞う。トウシューズの痛みなどは

知らない私だから、ただただ美しい世界に憧れ、夢に見ていた。でも習いたいとはいえなかった。それから20年以上経った今、

ひさしぶりにバレエを見に行く機会ができた。知り合いが公演するからと誘われて。 ちょうど最近ストレッチをしながら、ふと

バレエのことを思い出していたので、それならば・・と見に行く事にした。前日、そんなことは全く知らないはずの別の知人から

なんとも美しいバレエの写真の葉書が届いた・・・。 何でわかったのかしら?とびっくりしながらも「ああ、この人とはいつ

何かがシンクロしてるんだった」と思い出し1人訳もなく感動して涙が出てしまう。余談ですが、私はバレエを習った事もないの

に人からよくバレエしてるの?と現在形で聞かれる事が多い。きっと小さなころの美しいイメージが頭の中に焼き付いているので

姿勢がいい時にはそんな風に見えるのかもしれない。 バレエを見に行くという久しぶりの予定に、幼い自分の憧れていた世界を

思い出し、やわらかな布ややさしい色がずっと好きなのはそういう頃のイメージが残っているのかもしれないなとまた一つ発見を

する。風のない夕暮れにふんわりとした体に馴染むワンピースをきて、何とはなしに軽やかな気分になってバレエホールへ急いだ

 

20080922 黄金の羽根

またもやぽっかりと抜け殻のようになる。 溺愛の妹がお嫁にいき、今年最後(たぶん)の展示の搬入も終わり、なぜかちょうど

すべてが一段落したように感じる。 本当にぽっかりとしてしまって、仕事のできる思考回路にスイッチが入ってくれなくって、

気分転換に手に入れた本を読んでみたりもするけれど、身が入らず活字は全然目に入ってこない。こういう時はやっぱりアレかな

と思い、本当に自分のためだけの刺繍をする。こういう時は「自分のための手仕事」をすることが、わたしにとっては一番の薬なの

だとようやく最近気がついた。黄金の羽根を一枚。丁寧に丁寧に刺繍する。飛び立つための大切な羽根。羽根を刺繍するときには

羽根と同じだけの軽さとやわらかさとで刺繍をすれば美しく仕上がる。そうするとふんわりと空から落ちてきたような羽根ができ

あがる。 できあがった黄金の羽根はすらっと細い美しい形の羽根で、これはとてもしなやかな鳥の持つ羽根だろうと一人思う。

きっとこういう羽根を持つ鳥は、艶やかな濡れたように輝く翼で力強く、より高い所を目指し、しなやかに飛ぶのだろう。きっと

それはとても美しい飛翔の形だろう。あまりに高く飛ぶので地上からはよく見えないのだけれど、太陽の光に照らされてキラリと

一瞬輝くので、あそこにいるのだなと私にも知る事が出来る。そんなことを想像しながら出来上がった黄金の羽根を見つめている

 

20080917 絡まるもの

刺繍の鞄がだいたい出来上がってきて、ほっと胸をなで下ろしています。今回の展示は刺繍で描いた線を楽しんでもらいたいので

鞄自体はとてもシンプルなざっくりとした形になりました。使う時間と共にくたくたになっていく麻の鞄。誰の生活の中に溶け込

んでいくのか、とても楽しみです。 私の小さなジャスミンは、このところツルがのびてきてひょろひょろと絡まるところを探し

ているようです。植物をみていると、そうやって何か他の植物やら、ものやらと依存せずにうまく共存して育って成り立っている

事を教えてもらいます。依存して他のものから養分を取ってダメにしてしまうこともなく、ただからまって大きくなっていくため

の場所を探している。そういうのがいいな・・・。 そういえば、先日の中秋の名月の日、一晩しか咲かないという月下美人の花

が見事に咲きました。  近くに住む親戚が5年程前から育てているのですが、今年十五夜に月明かりの中それはそれは本当に見事

なまでに花が開いていました。 白くて透明な花びらは繊細で、触れたらぽろりと落ちてしまいそうなのに、香りは強烈に記憶に

残る。一度この香りを知ってしまったら、一生その記憶を探してしまいそうな妖艶な甘さのある匂い。うっとりと何分間か見とれ

匂いに酔っぱらっていい気分でその夜は眠りについた気がします。この花は幹から蕾がつくのではなく、葉っぱから蕾ができます

不思議な花の付き方だけど、それもまた、この花にとって自分自身の一番良い形なのだろうなと思うのです。 では私はどうだろ

う? 最近は何かを発見するたびに「では私は?」といつも自分に問いかけます。鞄作家という「産み出す」職業としての自分の

形をいまだにいつも探しています。見つけても、また新しい壁や大きな山がすぐに現れるのでいつまでも、いつまでも新しい形を

探しています。でも「自分にとっての最良の形がある」ということだけは信じているので探すことで何かしら見つかり、見つけて

乗り越えてはまた探して・・・。ということの繰り返し。命が尽きる時に初めて「ああ、私はこの形でよかったなあ」と思えたら

それでいいのだとそんな風に思っています。答えのないものを探す楽しさ。今はそういうことを楽しんでいる毎日かもしれません

 

20080909 小さな芽は

久しぶりに立て続けに刺繍をしている。今回は昼間の明るい光の中、ゆったりとした音と共に糸は静かに形をあらわしていく

アトリエに生けている小さなジャスミンの葉は、芽を出しひょろりとのびていく。どんどんとのびている。思ったよりも成長

が早くって、私の刺繍も次々に形を変えていく。 ひょろりとしたジャスミンの芽はとても綺麗に二枚の葉にわかれていく。

それはちょうど、小さな子供が空を見上げ、そこに見える何かを掴もうと小さな小さな腕をいっぱいに広げているように見え

無性に愛しくなる。 小さくて細い芽が本当に、そんな風に広がって育っているのです。 毎日それを眺めて愛しくなって、

1人でにっこりして、今の新芽の形を刺繍にしたくって、一針一針を進めています。 その間にも小さな芽はすくすくと・・・

 

20080905 いただいた傘

ちょっぴり疲れて重たい体を無理矢理に引っ張りだし、足りなくなったものを買い出しに。荷物はどんどん重くなる・・・

ふらふらしながら電車に乗って、休息が取れた時の妄想などをしていた。そしてふと外を見ると何と空が真っ黒ではないか

そのうち雨がザーザー降り出して、ザーザーが轟々と滝のようになっていき。日傘しか持っていない私はしばし途方に暮れる

仕方がないので降車駅についてから、ホームで雨がやむのを待っていた。空がすこしだけ明るくなってきたように感じて、

そろそろ改札まで行ってみよう。と改札を出てみたけれど、やはり雨は少し降っていて。もうしばらく此処で待つか・・・

と空を呆然と眺めて待っていた。 しばらくそうやっていたら、おじいさんがこちらに近づいてきて「これ持って行き」と

傘を差し出してくれた。おじいさんは駅までさしてきたけど自分はもういらないから。 と置いて行こうとするので素直に

「ありがとう」といただいてしまった。親切にされたあとは、急に世界が美しく見えたりして「何て良い一日だろう!」と

疲れていた事も忘れ急に楽しい気分になる。とても素敵な気持ちの良い笑顔のおじいさんだったなあ。雨はやむ事もなく

その後もずっと降り続いている。がんばっていたらご褒美は思いもしない所からいただけるものなのだ・・・と幸せな夜

 

20080903 深い森の色

少し涼しくなったので、さっそく秋物の服を着てみました。先日仕事で行った京都でたまたま見つけた深い緑色のニット

同じ形の色違いをもう一枚欲しいと思う位、肌触りや体へのフィット感が私好みだった。久しぶりに出逢えた何枚も欲し

くなる服。気に入ったものがあると、それをずっと着続けるタイプの人間なので毎シーズン形が変ったり、次の年にはなく

なってしまうととても悲しくなる。この緑のニットは、今、森に行けないわたしのための色をしている。森の奥深くへと

誘われて空気がしんと澄んで冷たい風になる所の、深い深い緑色。思い切り深く息を吸い込むと森の匂いがする場所の色

 

20080901 息切れして

うまく言葉にならないままに日々は過ぎ、とうとう九月になってしまいました。9/6からの兵庫県立美術館で開催の

シャガール展に合わせて、ミュージアムショップの壁面ですこしだけ鞄を並べます。ケストスという8年間作り続けて

いる形の鞄をちょこっとだけ。その準備でなんだか気持ちが落ち着かずうまく言葉にもならなくて気がつけば一週間。

なるべく毎日日々を綴ろうと思っているけれど、集中力が切れたあとの私は頭が真っ白で抜け殻です・・・・。 さて

9/20からの恵文社でのミニ展示の詳細も決まって、やっとフライヤーもできました。といってもごくごく少量しか

作っていないのでご希望の方はご連絡下さい。今はこつこつと刺繍をしています。よく飽きもせずにこれだけ作り続け

ているなあ・・・と我ながらあきれてしまう。毎日ご飯を食べるのと同じように鞄を作っている。ふう。考えてみたら

このところのんびりしてない・・・・息抜きをするのを忘れていたなあと 息切れがして初めて気がついた次第です。

森林浴がしたいなあ。ゆっくり温泉にもつかりたい。今月はちょっと作る時期なのでしょう。乗り越えたあとの休息

がとても楽しみだ。 それまではひたすらに、糸と針を持つ手と向き合う楽しい毎日を過ごすことにします。   

 

20080826 独りでに咲いた花

風が強くて、部屋の壁に貼ってある資料がぴらぴらとはがされそうになるような午後。窓を全開にして空気の入れ替え

をして、しばらく部屋を離れてもどってきたら、バラの花が咲いていた。 以前作品展で制作をしたバラの本。閉じて

こじんまりと窓の前においていたのだけれど、今日の風で独りでに開花しました。本当に綺麗に大きく開いた花は自分

が作った作品だとは思えないくらいに美しくやわらかに開いていて、ちょっと感動してしまった・・・・。花はやはり

開いてなんぼやなあ・・・ このバラ本を「脱ぎ捨てられたドレスのよう」と表現して下さった方がいて、その表現が

とても嬉しかったのだけど。本当に何だかそんな風に見ると光に透けたやわらかなドレスをしなやかに脱ぎ捨てたようで

とても静かな色気を見つけました。こういう時、誰かに見せたいのに誰もこの場にいないのが本当にもったいない・・・

 

20080822 /23:00

「運命を変える旅をしてきます」 彼女はそう書き置きを残して或る朝突然いなくなった。「いつものことか・・・

そう思って数日を過ごし、6日目を過ぎた頃、さすがに少し心配になってきた。「本当に帰ってくるのだろうか?」 

探して欲しかったのではないか?などといろいろな疑問が心を占めてくる。そんな思いを振り切るように仕事に没頭し

気がついたら朝を迎えていた。 ふとみるとすやすやと寝息をたてて眠っている彼女がいた。驚いたというよりむしろ

安心し、「ああよかった。お帰り」と思わず口に出してしまった。その声で彼女は目を覚まし「ただいま」と口の中で

もにょもにょと返事をした。目が合うと彼女はふんわりと微笑んだ。「まるで光の中から生まれてきたようだ」本当に

そう思った。彼女の目も体から発する光も、まるで光の中にいるみたいにキラキラ、キラキラと輝いている。その光は

刺すような強いものではなく、身に纏っているように自然でやわらかなもので、思わずうっとりとしてしまう。綺麗。

「どこへ行っていたの?」そう聞こうとしたとき、「退屈になったから帰って来たの」先にそういわれてしまった。 

それ以上なんにも聞けなくなって、でもどう見たって美しいものを連れて帰って来たのだから、もうどこでもいいやと

思い「そう、じゃあゆっくり眠ったら?」と返事をして、見ると彼女はまたすやすやと安心して眠っているのだった

 

20080822 からっぽ時間

昨日までの作品制作の集中力が切れたからか、今日は朝から何もできなくってしばらくボーとして、昼寝をして、、

あまりにも体が地球の引力に引き込まれそうな気がしたので、えいっ!と起きて外に出てみた。風が少し秋の気配を

運んでいて、太陽もやさしい光を投げかける。こんな日はひとまず本屋に行こう。ツバの大きな帽子をかぶって歩く

本屋ではいつも無造作に棚を見ていく。そうするとどこかに引っかかる本がある。今日は綺麗なブルーの表紙の文庫

が目に飛び込んできた。ぱらぱらとめくっていたら、どうもこないだから知りたかった事の続きが書いてある気がし

たので購入。その本をもって近くの気に入っている喫茶店へ入ろうとして、自分がよれよれのTシャツとノーメイク

だったことに気がついた。喫茶店は断念して、ちょっと遠いけど足をのばして河原まで歩いて行く事にした。歩き始

たらけっこう距離があってふらふらになりながらも夕暮れの河原へ到着。途中で買っていたリッチミルクカフェオレ

を飲んでさっきの本をゆっくりと読み始める。午後5時過ぎ。暗くなる少し前の河原にはおじさんやおばさんが歩く

以外はあまり沢山の人がいないので、風の音とカラスの羽音以外はあまり耳に入らず、車がひっきりなしに通ってい

たはずなのにその音すら耳にはいってこなかったのは少し不思議だった。本の言葉と河原の空気の中に静かに溶けて

久しぶりに安らかな気持ちで時間を過ごした。そうするうちに暗くなってきたので帰宅する事に。緑の公園を抜けて

少し遠回りをして家路に着く。今日は沢山歩いた。そして沢山自然の空気に身を任せた。 ぼーっとして、歩いて、

文字を読んで、また歩いて。無為な時間をゆったりと過ごした。今の私にとってはこの「無為」ということが本当に

大切な時間で、物事に囚われず、執着せず、振り回されない時間を持つことが何よりも自分のバランスを良くしてく

れることに改めて気がつく。この何年かは仕事でないかぎり普段は時計をつけていなくて、自然の光や空気の重量で

時間を知るような日々を過ごすことをなるべく大切にしたいと思っている。明日からまた良いものが生まれそうだ。

 

20080821 半月の夜に散歩を

今日は京都のovalさんに秋物の新作をまとめてお届けしてきました。これからパーティや楽しい集まりが増える時期

やわらかくて、しっとりと体に馴染むパーティバックを沢山つくりました。 その中に「ハーフムーン」という鞄が

あって、ちょうど半月の綺麗な形に似ているからそう名付けたのだけど。半月の夜、奇跡が起こらないかなと思って

やわらかなオレンジがかった半月の夜に  逢いたい人を想いながら散歩をしていた

ふいにキラリと一粒の星の欠片が降って  愛しいと想う人からの愛が降り注いだ夜

そんなことを綴って、鞄に沁み込ませておきました。新作をまとめて見てもらえる事は個展以外でめったにないので

気になった方は少しのぞいてみてくださいね。随時少しずつですが追加もしていきます。どうぞお楽しみに・・・。

20080816 夏の思い出を包む為のフクロ

季節ごとに小さな贈り物が届くと楽しいからと、友人5人で季節によって順番に担当が変る「季節の便り」というのを

やっている。この夏は私の番で、せっかくならとライフワークでもある手仕事で小さなフクロを作った。その名前が

「夏の思い出をそっと包むためのフクロ」だった。その小さなフクロに今年の夏の出来事が沁み込んでいけばステキ

だなと思って作ったのだけれど、これは今年の夏だけでなくこれからの季節の出来事も沁み込んでいくかもしれない

と思うとそういうフクロがあってもいいなと、作品として少し作っていこうと楽しみになった。今まで思いつかなか

ったのが不思議なくらいに自分の手仕事に馴染む用途のフクロだった。恵文社での小さな展示ではそれを沢山作って

並べてみようかな。沢山の人がそれぞれの時をそこへ沁み込ませていく。それは想像するととてもいいかもしれない

20080808 あるがままの美しさ

私には一枚だけ、自分の皮膚のように感じるワンピースがあります。それはとてもとても大切に作って頂いたもので、

久しぶりに旧暦の七夕の夜に袖を通してみました。 洋服を着ていてあまりしっくりと落ち着くことがなく、どちらか

というと着物を着ている時のほうが安心しているような性分なのですが、そのワンピースを着ているとなぜか自分の体

の一部になっているような錯覚があり、服を着ているという意識があまりなく自分そのまんまで歩いている様で気持ち

がとても楽になります。不思議な一枚です。そんな洋服に出逢えたことは人生でとても幸せなことだなと思います。 

「人を美しくしてくれるもの」というのは、もしかしたら手にした瞬間に自分に馴染んでくれているようなものなのか

もしれません。「あるがままでしっかりと立っていられること」が私にとっては本当に美しいことだと思うのです。

 

20080805 大規模

兵庫県の西脇市にある播州織の工場の見学にいってきました。ある方を通じてとても大きな工場の糸を染める行程から

生地へ織り上げ出荷するまでの行程を染め、織、加工というそれぞれの工場で見せて頂くことができました。西脇市は

大量生産のための生地を産出する町なので、私のような小さな小さな規模の作り手には考えられない規模の機械が並び

ただただ見ているだけでした。工場で働く方は何ともみんな良い顔をしていて気持ちが良いところだなあという印象。

私も小さな規模なりに、ああいう顔をして作って居続けたいなあと改めておもいました。 最近少しずつですがとても

自分の環境が変り始めていて、起こる様々な出来事は必ずこれから良くなるためのステップなのだと信じています。 

何もかもを良い方へ向けていける力を持ちたいと思います。そうすることは、きっと私のお客さまにも伝わっていくと

信じるからで「私が幸せにもの作りをしていることがきっと一番だ」と毎日を自分にやさしく過ごすことにしました。

自分の心が美しくあることを一番に考えようと。その積み重ねを私の未来にしようと思います。今を大切にして。  

 

20080731 後半戦

今日で七月も終わり。刺繍の作品を搬入してしまってからというもの抜け殻のようになってしまい、心身共にへこたれて

いた。明日から八月。 何となくやっと後半戦に突入する気分で、気合いを入れなおさなくてはと心に喝をいれる。全く

モノ作りを初めてからというもの、感情の波が揺れ動きすぎてコントロールが利かなくなるときが多々ある。なるべくは

自分で感情の舵取りが出来るように気をつけてはいるものの、作品完成後の抜け殻の私はそれも出来なくなってしまう。

一日の間に泣いたり笑ったりしながら、ようやく夜になって1人でサングリアの試飲と称してゴクゴク飲んでいたら少し

落ち着いてきて、これはアル中か?と心配になった。(きっとまだ違いますよ) 休息をとるために一日中過去の作品

の整理と資料作りをしていたら、先日郵送したばかりの刺繍の鞄作品がもう売れたとの連絡が入り、へこたれてもいら

れないな・・・と自分にもう一度喝を入れなおす。明日からまたしっかりとしなくては。良いもの作っていればきっと

何かがどこかで芽生えて育っているでしょう。それを信じて。ひとまず明後日の星ヶ丘でのパーティがとても楽しみで

暑すぎて着物を着たら倒れそうなので、一体何を着ようかしら。。。とそれも楽しみなマダム七重でありました。  

 

20080728 季節が変わり 新しい風の吹く所で

30日から始まる「おんさ」展のための作品がようやく完成して、昨日星ヶ丘まで行って搬入をしてきました。  

大きな刺繍をしたのは久しぶりで、途中で何度も諦めそうになりました(笑)「今回は大きい作品が作りたい」と断言を

してサイズまで指定してしまったので、どうにか完成させたいと思い、夜な夜な葉っぱを刺繍し続けました。その甲斐が

あり本当に綺麗な作品になりました。最後の最後に繊細な蝶を刺繍して飛ばしておきました。 星ヶ丘のマークにもなっ

ている古来の星の文字を紋として小さくいれてあります。 作品を目にする事が出来る方はどうか探して見てみて下さい

思い描いていた刺繍とそれを取り巻く色とりどりのパッチワークができてとても楽しく、気持ちがいい作品になりました

また一つ、自分の中で整理されてすっきりとして、これで新しく進めると密かに思いました。夏以降も予定は沢山あって

9月、10月と小さな作品展示が続きます。9月は再び兵庫県立美術館のミュージアムショップ。シャガール展に合わせ

ドローイングのような綺麗な柔らかい鞄作品を展示販売するつもりです。 10月は恵文社のアンフェール店内一角での

本当に小さな作品展。こちらは刺繍のざっくりゆったりした鞄の作品展。 きっと気がついたころにはもうクリスマスに

突入しているのだろうなと時の経つ速さに負けないように、しっかりと一歩ずつ踏みしめて歩いていたいと思います。 

季節が変わるころにはきっと新しい風が吹いていると思います。それは突風のような気がしてなりませんが・・・・・。

おんさの交流パーティが8/2にあり、私も夜雨のママで参加しています。情熱のドリンクを作ってお待ちしています。

気軽に声をかけ、話しかけて下さい。新しい出逢いや気持ちの良い時間が沢山ありそうなので今からとても楽しみです。

そういえば、今回のおんさの作品は「風の衣」というタイトルなのですが、刺繍をしてパッチワークをしている最中に、

朱色やクリーム色や綺麗な水色などしなやかに肌に流れるような感触の布を沢山縫い付けていたからか、どこかの民族の

婚礼の衣装を手縫いで作っているような気分になりました。母親が娘のお嫁入りのために心を尽くして夜を沢山費やして

作っているような、新しい時間のための大切な衣装を縫っているような気がしてなりませんでした。貴重な体験でした。

 

20080720 静かに増えていく葉

お店へ卸している鞄を作り終えて、ほっと一息いれたら、星ヶ丘で展示する作品のための刺繍をゆっくりと続けていく

一針一針を延々と繰り返す。そうやって少しずつ栴檀の葉が増えていく。私は星ヶ丘という場所から本当に沢山のもの

をもらってきた。それはそれは大切なものを。作って生きていくために必要な養分のようなものを沢山もらってきた。

今回の作品は、私が星ヶ丘で育ててきたものを少しだけでも一度お返ししたいと思い立って、丘の上の守り樹のような

栴檀の木をじっくりと刺繍している。 どんなにがんばっても一日で沢山の葉は縫う事ができない。それがまた修行の

ように私に「じっくりと腰を据えて」と語りかけてくる。レースのように広がる木のシルエットを思い描き、目を閉じ

空に広がった布に頭の中でトレースしてみる。風にさわさわと葉が揺れる。そしてまた深呼吸をして目を開ける。  

私はどれほどこの場所で涙を流し、心を裸にしてきただろう。 脱ぎ捨てていくものを丘の木々は静かに風に飛ばして

くれる。そして私に丘の栴檀の木の匂いとやわらかな風でできた衣を静かにかけてくれる。そのたびに私はほっとして

「守られている」ということを知る。この場所とそこに生きる人達に。それでやっと安心してまた羽根を広げて飛んで

ゆくことができる。だから作ることを続けてこれた。そんなことを思いながら静かに私の栴檀の葉は広がっていく 

 

20080715 バラ色の夕暮れ

先日のバー夜雨へ来て頂いたお客さま。暑い中本当にありがとうございました。 第三夜も素敵な時間となりました。

やっと夜雨日記を綴るページができました。毎月少しずつ夜雨のことをお知らせしていきますね。 さっきものすごい

雷雨だったのですが、今はもう雨はやみ鳥が鳴いています。ふと窓の外をみると風景がとてもアンティークな色になっ

ているのです。夕暮れが燻されたような、現実の風景なのにもっともっと古い風景を見ているような不思議な時間です

ごくたまに世界がこういう色になることがありますね。 少しだけ気持ちがセンチメンタルになるような・・・・・・

昨日は今バラ展が開催中のシェ・ドゥーブルさんでパリ祭のシャンパンパーティがあって、午後五時から夕暮れをなが

めてロゼシャンパンを飲んでいました。 なかなか夕方からは人も集まらないので小さなかわいいおつまみをつまみ、

何て贅沢な夕暮れなんだろう・・・と一人夜へとゆっくり風景が変わっていくのを眺めながらお酒を楽しんでいました

むかしむかし、パーティがある生活というのにとても憧れた時期がありました。まだ学生だったころに、お酒を楽しむ

ことすら出来なかったころに。人と接する事もあまり得意ではなくて、お酒片手に気軽に人と会話を楽しむような時間

にとても憧れていました。今でも人が大勢いるパーティはとても苦手だけど、こじんまりした楽しい人が集まるような

そんな時間はとても身近になりごくごく自然にそこにいることに驚く事があります。人見知りな私が今はバーをしきり

月に一度、人と人をつなぐということをしている。人生は本当に不思議なのです(笑)一体何が起こっていく事やら。

 

20080713 天の川へ

七夕が終わると星ヶ丘では沢山集まった短冊を燃やして灰にしてそれを天の川へ持っていって、夕暮れの風の中で流す

ということを毎年しています。私はここ何年かは七夕の日しか参加出来ていなくていつも消化不良のような、最後まで

完結していないような気分でいました。今年こそは・・・と思い七夕のこの時期に何度も何度も足を運び一つ一つ行事

があるたびに参加してきました。そして、昨日はとうとう数え切れない程の短冊を一枚一枚祈るように火の中へ入れて

すべてを灰にし、仲間達と共に天の川へ行き、暮れかけた風景の中で静かにそれを流しました。願いが叶いますように

そしてそのあと、思い切って天の川へ飛び込んできました(笑)これは数年まえからの私と某珈琲屋の副店主の心残り

ともいうべき出来事。数年前に同じように天の川へ短冊の灰を流し、もうすっかり暮れて夜の中、語らう仲間達が突然

「阪神優勝!!」と言ってバシャバシャと飛び込んでいったのでした。道頓堀?? いえいえ、確かに天の川でした。

そして、飛び込めなかった私と珈琲屋副店主はそのときの悔しさが残り、何故か「今年は飛び込もう」という変な約束

をして着替え持参で星ヶ丘へ向かったのでした。これで私の七夕はすっかり完結できました。今年は何の心残りもなく

むしろ新しい気分にすらなり、もう必要のないものは全て天の川へ流してしまいました。どこまでも飛べそうな気分。

 

20080708 7777

今年、星ヶ丘での七夕は七年目を迎えた。ソーイングギャラリーのスタッフで作家仲間の畑尾和美さんがこつこつと

作品を創る事から始まった星の伝説のある地での七夕の夜。私はスタッフとして夜店を出していた。愛のお守り屋台。

今年は私が活動を始めてから7周年ということも重なって、沢山の7が重なる七重の日になってお守り作りにも気合い

がはいった。一つ一つに前回よりも手をかけて7年の時間が静かに縫い込まれていく。毎年あっという間に売り切れて

しまう。愛のお守り。何かが叶うというものではないけれど、誰かのことをそっと守れるようなものが作れたらと思い

作り始めた。七夕の夜にだけ。小さな端切れを縫い合わせてそっと出来上がっていくお守りは、私の作品の原点のよう

な気がする。それがいつもは鞄という形をしている。ただそれだけのこと。いつまでも自分自身が愛のお守りを作れる

ような人間でいたいと思う。一つ一つに言葉を綴って、赤い糸を巻き付けて。それをお守りの中に閉じ込めていく。 

お守りを買う人は布の色や、質感と共に中の言葉へ思いを馳せて、おみくじのようにドキドキとしながら買っていく

それを私は「愛に包まれていますように」と祈りながら手渡す。七夕の夜の大切な私のお仕事。この世に生まれ名前

をつけてもらったその日からもう決まっていたことのように、ごく自然に私は七夕に愛のお守り屋さんをしている。

 

20080701 次への

うっかりしていたらもう七月になっていた。7月7日は毎年少しだけ気持ちを入れ替えるための大切な日となっている

先日師匠とひさしぶりにゆっくりと話をすることができた。そろそろ自分がやってきたことを次のステップへと進めて

いかないとだめだよ。そのためにいろいろなことをはっきりさせていかないと。と助言をいただいた。毎度のことだが

タイミング良くちゃんと大切な事を伝えてくれる師匠。その日の夜、今まで書いてきた「或る一日」を全て読み返して

以前のほうが生々しく作る事について、自分の日常について、綴っていたのだと気がついた。それをもう少しじっくり

見つめなおして、新しく丁寧に綴ってみようと思う。かなりの量の文章が書き貯められていたことにも少し驚いた。 

どうして「包むこと」に執着しているのだろう・・・いつから他人のことまで包みたいと想えるようになったのだろう

何で私は頑なに自分で縫うことを続けるのだろう・・・仕事で鞄作って、その息抜きに刺繍をするなんてどういうこと

なのだろう・・・自分でもよくわからないままに進んでしまったことが沢山ある。それを一つ一つ見つめ直す作業を

今日から少しやってみようと思う。七年間。続けてこれた思いの根底には一体何があるのだろう。ちゃんと知りたい

それを知る事が、次へすすむことになるのだとはっきりとわかり、また一人わくわくとする。そういえば、振り返る

という行為を全くしていなかった。それは自分で振り返らないと決めていたから。でも、ちょうどこの時。今という

時だからもうそろそろ一度自分の足跡を見つめなおしてみてもいいのかもしれない。悲しい恋の思い出もつらい恋の

思い出も、全部ひっくるめて。沢山の足跡を一つ一つ辿っていくと、最後にきっと一粒だけの光の源に辿り着くはず

 

20080622 まえにすすむとき

バラ展はとても素敵な空気に包まれて、静かに強い作品がならんでいます。ギャラリーのオーナーさんと私との話の中

から生まれた企画だったので、実現したことがとてもうれしく、11の作品が本当に驚くほどしっくりと空間を作り上

げていて一つになっています。約一ヶ月間。ゆっくりと沢山の方に見て頂きたいなと思います。 本当に好きな空間。

昨日は星ヶ丘でNOBUさんのうどん夜話があり、草木染をされている陽子さんがゲストで沢山お話をお聞きしました 

そのお話は人間として生きる為にとても大切なことが沢山ちりばめられていて、私がこのところ少し悩んでいたことの

解決の糸口になるような、がんばってひたすらに生きてきた人だけが持つおおらかな言葉を沢山聞くことが出来ました

まえにすすむとき、何かしら理由をつけて足踏みをしてしまいます。周りの多くの人が「大丈夫だ」と言ってくれたと

しても、たった1人の人が信じてくれないとどうしても進めない。その一人は自分自身だったのだと気がつきました。

自分が自分のことを信じてあげないと、どんなに沢山の人が自分を信じてくれていても、まえには進めないのだと知り

あらためて自分をしっかりと見つめてあげて、自分の声をしっかりと聞いてあげようと思いました。その作業はきっと

見たくないものをも見なくてはいけないかもしれないし、他の誰もが持っているものを私が持っていない事を知るのか

もしれません。自分を知るということは大変な作業だと思います。でも、そこに立って初めて自分が一番にのぞむこと

を知るのだと思います。他の人が持っていない、自分だけが持つとても大切なことを知る事が出来るのだと思います。

まえにすすむとき。他人の言葉よりも、まずは自分の言葉を知りたい。行きたいところへ辿り着くことを信じていたい

 

20080619 Eden Roseの本

明日から始まるシェ・ドゥーヴル企画展の搬入で久しぶりに本町に行く。 作品を創り始める時に、バラをテーマの

企画展で、まさかバラの花を作るのもねえ・・・と思っていたのだけど、できあがったらバラの花になってしまった。

ちょっとナンセンスな気がするけど、花びらの手帖です。さてと。つぎはソーイングの合同企画展の作品を作らねば。

大きいのを作ります。そう宣言してしまったのでしっかりやらないと。今度は刺繍を沢山するつもりだから、時間配分

して作らないと間に合わない! 今月も相変わらずだなあ・・・。星ヶ丘の七夕祭りには、今年は「愛のお守り屋」を

復活するので、それも沢山愛を込めて作りたいし。お仕事以外でも作るものが沢山あるなあ・・・楽しいからいいか。

今月もあと10日。雨の音を心のそばに感じながら、愛しい人を想い、愛を込めて作品を作り続ける。そんな日々。 

 

20080614 毎月の楽しみ

昨夜は月に一度のイトヘンバーの日。晴れの夜雨でした。梅雨時なので一年のうちで一番しっくりと夜雨が似合う

ときだと、雨の着物移動も覚悟していたのだけど。さすが最強の晴れ女の主人。みごとにからりといい風吹く夜と

なりました。 昨夜の報告は、夜雨日記としてまたゆっくりと綴っていこうと思います。大盛況でした。 訪れて

下さったみなさま、本当にありがとうございました。素敵な一夜になりました。帰宅して、ほっと一息ついてみて

思ったことは「楽しかった」ということでした。まだ段取りも良くなくて、自分が全てを取り仕切って夜を演出す

ることに慣れていないので内心はひやひやとしながら、お客さまをお待ちしていたのですが。いざ沢山の方に来て

いただき、なるべく一人一人のお客さまとお話をすることや、丁寧にお迎えすることだけを考えていると短い時間

だけど大切な時間として存在してゆけるのではないかと思えてきました。私が一人一人のお客さまとお話をしよう

と思うと、それを支えてくれるスタッフがいなくては始まらなくて。昨夜はイトヘンスタッフ、そしてマスターで

きていただいた中山先生に申し訳ないくらい支えられた夜でした。だから「楽しかった」と心から思え、次の夜

また楽しみになるのでした。 一ヶ月というのはあっという間に過ぎてしまうので、月に一度といえどそれまでに

やることが沢山あり研究したいことも山ほどあります。そう思っていたら今日は華道の生徒仲間の素敵なおばさま

から麻の渋く素敵なお着物を頂きました。その方は普段からとてもお洒落で着物のセンスも抜群でいつも素敵だな

と密かに憧れている方で。もう着ない着物を譲ってくださったのでした。サイズもぴったり。怖いくらいに次へと

ちゃんと繋がっていきます。私のママ修行。何か未来へとちゃんと繋がっているような気がしてなりません・・・

 

20080609 早朝の雨

早起きをして川沿いを走っていたら、雨が降り出した。 空は灰色だったけれど、どちらかというと明るい灰色で

雲もそれほど重たくはなかった。静かにしとしとと降り出した雨は、これから始まる一日を潤すようにやさしい。

早朝の雨はそれほど嫌いじゃないな。そんなことを思いながらウォーキングをするおじさんを追い越して走ってい

く。1kmも走らないうちに体力がなくなった。体が言う事をきかないとはこのことだろう・・・。情けないこと。

あまりの体力のなさに自分で驚いた。少しずつ増やすしかないなあ・・・ジョギングシューズを買う時に「以前は

どんなシューズを履いていたのですか?」とあたかもスポーツしている人のように話しかけられ、「初めてです」

と答えたら「では何か球技でもされていたのですか?」とやっぱりスポーツをやっている人だと思われている。 

ちょっと笑顔の素敵な店員さんだったから楽しく会話をさせてもらい、派手なワイン色のシューズを買ってやる気

だけは充分だった。今、この日記を綴っていたらちょうど太陽が出てきた様で、家のそばにある小学校の体育館の

屋根に朝陽が反射して世界が明るく照らされてきた。一日の始まりに自分をとりまく環境を静かに眺められるのは

豊かに「今日」を過ごすための大切な準備のよう。光が満ちてゆく中で大切にしている音楽を体中に沁み込ませる

そういえば、走っている途中でとても青く元気に咲き誇る紫陽花の道があって思わず導かれるようにそちらの道へ

進路変更してしまった。「生命力を発しているもの」にはきっとそういう力があるのだろう。思わず引き寄せられ

てしまう大きな力があった。紫陽花自体は何も「誰かを引き寄せよう」などと思っているわけではなく、ただ自然

の生命の一つとして、自然の営みの一つとして花を開かせているだけなのに。そういうふうにただ生きていたいな

 

20080606 届いた返歌

今月のBAR夜雨のためにいろいろと準備をする一日。朝ちょっとしたトラブルがあり気持ちがすっきりしなくって

仕事をするには心がざわついていたので大事な仕事だけ終わらせて、あとはゆったりと着物の準備などをしていた

ちょうど仕立て直していた着物が出来上がってきて、この時期にはとてもぴったりな色の着物なのでそれに決めて

お酒の手配の事などを考えていたら時間があっというまに過ぎてしまった。息抜きをしようとお茶を入れにいった

ら星ヶ丘の理事長先生からお便りが届いていた。 第二夜のBAR夜雨はゲストマスターに先生をお迎えすることに

なってます。毎回コースターに詩を綴るのですが今回は先生との贈答歌になっていて、私が贈った歌に対する返歌

が送られて来たのでした。今月の雨はしっとりとして何だか少し切ない雨音がします。でもどこか心地が良い音。

3月に仕込んだお味噌を使っておつまみを出そうと思っていたのだけど、やはりまだ少し若い味がする。困ったな

もうすっかりBAR夜雨のママになっていて、地元農家の有機野菜のことを考えたり、人の体にやさしいものをと

いろいろと思いを巡らせています。仕入れたいワインがあって今回はそれをメインに考えて楽しもうと思います

「大事なんはハートや」 いろいろと考え込む私に、理事長先生がくれた一言。身にしみるなあ・・・。    

 

20080602 ひさしぶりの蝶

去年からケストスというシリーズの鞄を作っている。1からずっとナンバリングしてあって、78個目のかばんは

ひさしぶりに蝶を刺繍した。夏に気持ちが良さそうな白地に涼しげな芍薬の布。その上に金糸で縫った蝶がとまる

ひさしぶりの蝶の刺繍はゆったりとした気分で針が進む。ふんわりと羽根を休めるようにとまった金色の蝶は誰の

元へ飛んでいくのだろうか。蝶の刺繍を始めた二年くらい前、私はまだいろんなことに迷っていてどこへ向かって

飛べば良いのかよくわからなかった。「作る」という行為やそれをやり続ける事にどんな意味があるのだろうかと

糸で一針一針縫って埋める事で何かを探り見つけたくて、たぐりよせているような心境だった。 それと同時に、

私は包みたいという気持ちが強くなっていたような気がする。 大切な人をやさしい空気で守るように包み込んで

いられたら、繊細な蝶の羽根が風の中でゆったり広げられているような、そんな静かな空気のように守りたい人を

さりげなく包み守れたらきっと安心の中、ゆったりと羽根を広げて生きてもらえる。そう願った。作る事は自分に

とって表現活動というにはあまりにも赤裸裸だと思う。過去の作品の糸を見たら記憶が瞬時に蘇ってしまう。手と

脳がダイレクトに繋がっているようにも思う。考えるという過程をすり抜けて、イメージがそのまま糸で描かれる

78番目の鞄に縫った金糸の蝶はゆったりと素知らぬ顔をしてとまっている。たぶんこれが今の私の心境なのだろう

沢山のことを見つめてはいるけれど、私にとって本当に大切な事は心の中で静かにゆったりとしている。気持ちを

安定させたり、感情をコントロールすることは表現活動には必要ない事だと思っていた。どちらかというと感情の

揺れ動く大きな波をその時々の作品にすることのほうが大切なのだと思っていた。けれども、大好きな事を仕事に

して生きていようと覚悟したとき「情熱」というものはただ激しく燃えるものだけではないのだと知った。もっと

静かに強く燃える情熱が存在して、それは決して消える事がないのだと。 生み出す事の苦しみも痛みも内包して

それでも喜びを見いだして燃え続けていられる強い静かな情熱が継続する為には必要なのだと知った。小さな事で

揺れ動かないような、もしくは強い衝撃を受けてもしなやかに戻ってこれるような芯となる情熱が必要なのだ。

そう思えた瞬間、ピンと張っていた糸はゆるやかにたゆたい、私はゆったりゆったりと心地よく空を泳いでいる

 

20080529 赤い糸

アパレルサイクルとだいぶずれてもの作りをしている私は「今、必要と感じるもの」に焦点をあて鞄を作っている

この季節、何故か赤い糸を使わずには作れない。何でここは赤い糸なのだ?と聞かれてもそんなのはわからない。

赤い糸じゃないとダメなのだと思う。カゴに内布を付ける作業でステッチをいれながら太めの赤い糸でしっかりと

縫い付けていく。「赤い糸の仕事」なのだろうと思う。白い糸や紫の糸に変えてもきっとすてきだろう。だけど

ここは赤い糸を使う場所なのだと初めから思っていて、そう信じてしまっている。不思議な事だと思う・・・。

 

20080523 心に休息を

最近読んだ本の中に、自由と不自由のことが書いてあった。好きなことを仕事にして、しかもフリーな立場で仕事を

していると、とても自由な感じがするかもしれないけれど、実際はとても不自由になってしまっていたことを知った。

それは時間や経済的なことや、精神的なこと全てにおいて。「良い仕事がしたい」ただそう思ってがむしゃらにやって

きたけれど、休みもなく、自由になるお金も沢山あるわけではなく、仕事のことで頭がいつもいっぱいで余裕がない。

そんな風になっていたことに気がついた。これはいけない!! そう気がついたのは実は自分の指先を見ての事だった

大切な作業をしていたとき、荒れてしまった私の指先は布を傷つけてしまったのだった。指先をケアしてあげるだけの

心の余裕がないことで、仕事にまで影響があるのだと、そんなことすら私は気がつけなかったのだった。 それからは

自分の生活全てにおいて、一度考え直そうと思いなおした。 まず初めにやってみたことはカーテンを作る事だった。

やわらかくやさしいグリーンのストライプ生地を使って寝室のカーテンを作った。それまで寝室にかけてあったのは

分厚いグレーの変なチェックのカーテンで、今ひとつ気分が良くないものだった。 二つ目はアーユルヴェーダにも

使われるハーブで出来た石けんを買った。これは肌を大切にするためと、心をゆったりとさせるため。三つ目は糸を

買った。ずっとやってみたかった技法の練習のためにやさしいベージュの糸。四つ目は「追われない」ようにする事

仕事は沢山あるけれど、一つ一つを大切にじっくりと積み重ねてみると、思ったよりもすんなりと一つずつ仕上がる

あとは、一日のあいだにも休息をとれるようになったこと。おだやかな気持ちになれる空気は、心を整えてくれる。

そんな風に自分の気持ちを少しやわらげてみると、仕事仕事の毎日よりずっとスムーズに物事が運んでいる気がして

がんばる方向を少し変えると精神的にとても自由になれることを知った。しかもそれは今よりも自分に休息を与える

という方法なのだから当然のことなのかもしれないけれど。自分自身の心が自由でないと作るものも進む道もきっと

少しずつ自由から遠ざかってしまうのだろう。 心はゆるやかに自由でありたい。そのために自分に休息をあげたい

 

20080520 愛の花

一日の中で見つけられる美しいものというのはおそらく沢山あって、今日はそれに気がついてみようと過ごしてたら

「シダの花」を見てしまった。シダには花は咲かないとされているらしいけれど、私はみてしまった。白い美しい花

親友と夕暮れのカフェでひんやりとした風に吹かれ、ホットチョコレートを飲みながらふと横の植物に目を向けた。

ごく普通のシダが植わっていて、少し飛び出た一枚の葉っぱの上に、ちょこんと白い花が一輪。 あまりにも自然に

咲いていたので何の疑問も持たず、シダにも花があるんだ・・・などと思いながらおしゃべりに夢中になっていた。

帰ってからすこし気になって調べてみたら、シダの花にはとても素敵な伝説があることがわかった。 ラトビアの伝

説で、LIGOという夏至のお祭りの日の夜にだけ咲くと言われ、そのシダの花を見つけたものには富と幸福が訪れる

とか、シダの花を見つけられた恋人達は永遠に結ばれ幸せになれるという。そしてそれは「愛の花」といわれている

本当は白い花がのっかっていただけなのかもしれない。でも少しだけ夢をみていよう。一輪だけ咲いた伝説の白い花

 

20080519 星ヶ丘洋裁学校

今日は星ヶ丘洋裁学校の設立60周年の記念式典があり、教室を使いとても厳かに神主さんによる神式がありました

自然(人間も含めて)をお手本にしながら自分の身体でものを作るということを基本理念として、とてもやわらかに

大きな宇宙と共に学べる日本でも数少ないことを実行している場所なのだと思います。生きる事に深く関わったこと

として「服飾」をとらえ、そこから派生するさまざまな文化を本当にやわらかに伝えてくれる場所。本当に大切に。

この場所と深く深く関わる事が出来たのは、私の人生にとって言葉にはできないほど幸せなことなのだと思います。

生きていく指針をもう一度自分のなかにしっかりと刻もうと思う午後でした。ひさしぶりに訪れた星ヶ丘は風が強く

私の一番好きな音「風が星ヶ丘の木々に触れていく音」を聞き、思わず涙が出てしまい・・大切な場所が大切すぎて

そこを失うことや自分の現実に対する不安により、いつも私はそこからすぐに離れる事を考えてしまうのだと気付き

「深く関わってから失うこと」より「関わらなかったことで失う時間」の方が遥かに淋しい事なのだと気づきました

以前は理事長先生と毎週お話をしながらお酒を飲んでいました。「愛について」。それが話の全てで、それをお互い

本気で語り合っていました。男と女、人間と人間、人間と自然・・・とてもとても大切な話を重ねていたのだと思い

今は気持ちに余裕がなくってそんな時間を避けていたような気がして、それは自分にとってすごく必要な時間なのに

一番必要なものを避けているとは・・・自分にあきれてしまうけど、大切なところにはちゃんと戻れるのだとも知り

これからは少しだけ本当に必要なもののそばにいようと思えたりもしました。夜は雨。最近、夜に降る雨が愛おしい

 

20080515 帰り道

イトヘンからの帰り道 久しぶりにゆったりとした気分で歩いていて、空を見上げたら 空一面に長い飛行機雲が

5本。まるで五線譜のようにきれいに並んでいた。空を譜面に鳥が音符を作る。夕焼けは徐々に輝きながら色を増し

水色だった空はだんだんと夕暮れの色に染まっていく。まるで壮大な宇宙の音楽を聴いているような気分になって

音が聞こえるわけではないのにうっとりと聞き惚れながら歩いていた。空の色は流れる川の揺れる水に映り込んで

周りの風景がどんどんと夕暮れの甘い色に染まっていくのは本当に愛しくなるような切なくなるような時間で・・

こういう風景に出逢うと「変化している」ということを意識させられる。ずっと焼き付けておきたい風景もあっと

言う間に消えていて、記憶に残したいことも静かに薄れていく。物事はゆっくりと確実に変化しながら進んでいる

「今現在」しか見る事の出来なかった時期から考えると、最近は「これから」を見つめる事がとても楽しくなって

「夢を持つ」とか忘れていた事も少し思い出したりして。 「現実」と「夢」とのバランスが私の中でここ数年は

あまりにも狂っていたのだとふいに知ったのだった。今を生きる事に精一杯。作る事で精一杯の毎日で、夢なんて

みていられないと思っていた。しかし、ロマンティックな夢がなくてはやってられない。私はそういう女だった。

イトヘンという場所は私にとってそういう大切なことを思い出すための場所。変化を恐れないで歩きたいと思った

 

20080513 バラの本

今バラの本を作っている。といっても別にバラについて文章を書いているわけではなく、6月の作品展に出展する

ための作品の本。どこかアンティークな時間が流れるような色と質感が頭の中にイメージとして残っている。これ

はなんだろうか?どこからきたイメージなのかよくわからないけど、とにかくバラの本です。こういう作品を作る

のは本当に楽しくって、夜な夜な作りたくなるけれど、染めて乾燥させたり、ノリを張って乾燥させたりと順番が

あるのでじっくりとやらないと先には進めない。 こういう作品を取り扱って下さるギャラリーがあるからきっと

私は心を自由にして生きていられるのだろうなと思う。 最近は自分の道に対してやっと迷いがなくなったので、

どっしりと腰を落ち着けて作品も作れるような心境になった。幸せなことだと思う。今日は夜から雨が降り出した

 

20080510 夜雨 第一夜

昨日はしっとりと雨の降る夜となりました。第一夜に来て下さったお客さま本当にどうもありがとうございました

無事に開店をいたしました。午後七時。イトヘンはがらりと雰囲気が変わり キャンドルでやさしくも大人っぽい

しっとりとした雰囲気になり、早い時間はまだ人がこないので「この時間ならゆっくりとお話できるのにもったい

ないなあ」などと思いながらそわそわとお客さまをお待ちしていました。外は雨の降る気配が濃くなっていました

いつもの仲間達が訪れてくれ、気持ちも少しほぐれてこんな感じならゆっくりとじっくりと、続けていけるかなと

気負いのないペースで楽しんでいきたいなあと思う第一夜。風は強くのれんがなびき、小さな行灯の灯も揺れます

いつもの如く、半ば勢いと見切り発車で始まってしまった私のバーは雰囲気だけは満点かと思いますが、ちゃんと

これから一つ一つの要素を満たしていきたいと思っていますので、これからもどうぞかわいがって下さい。そして

まだこれから訪れて下さるお客さまへもたっぷりと満足していただけるよう私自身もいろんな方面で腕を磨いてい

かなければと思った夜でした。閉店のほんの寸前に、約束したように、まるで何かの演出のように雨はぱらぱらと

降り始めました・・・。降り止まなければ此処でもう少し過ごしていかれては・・・などと言いたい気持ちにも

なる夜の雨でした。第一回にして、何だかママ業が本業になりそうな気配がして、少し怖い気もする夜でした。

 

20080505 配置換え

夏に近づいてくると、工房にしている部屋は太陽の日差しが強くなり、作業をしている定位置は暑くなってくる

そろそろか。と思いながら作業台を配置換え。日差しを避けられる位置まで移動して思い切って、雨月サロンで

使っていたソファーをどんと置いてみた。狭くなるかと懸念したけれど案外自然に部屋に治まってくれてホッと

する。これで休憩をすることもできる。着物をしまっている箪笥も出し入れしやすいようになったし、いろんな

準備ができたような気がしてうれしくなる。暖簾はおおかた完成に近づき、やっぱりテーマは「男と女」になり

(そんなつもりはなかったんだけど)出来上がってきた布を見ると愛だな。と一人つぶやきたくもなる出来映え

今日はBAR夜雨で使うコースターにするものを作り、そこに第一夜の詩を綴る。これは毎回その夜の詩を綴って

みようと思っているので、コレクターが出てくれたらうれしい、などと思いつつどれくらいの夜を重ねられるの

かとても楽しみになってきた。「夜を描く」そんな時間なのだとふいに感じた。夜の雨。そう名付けられたのは

艶めかしく輝いて静かに夜に沁み込んでゆく雨の水滴には、あたかも自分の体の中に夜が溶け込んでいくような

生温かい温度があるから。人と共にある夜、人と共にある雨。 しっかりと温度をともなう。そういうのがいい

 

20080504 5月かあ

GW みなさんどんな風に過ごしているのでしょう・・・相変わらず作るだけの日々だったので少し外へでも

でようかなと、BAR夜雨のおつまみを買い出しに神戸の街へ出た。早い時間の方が良いだろうと思いお昼前に

ふらふらと美味しいつまみ探し。枝付きの干しぶどうをみつけ、自分が食べたいが為に購入。お店がオープン

する前に封を切って食べてしまわないように気をつけなくては・・・。もろもろ買いそろえ、あとは海のもの

を尾道で探してくれば万事完了。せっかくだからと、知り合いのアトリエへ顔をだす。数年前にパリに住ん

でいた方で蚤の市通いが趣味だったので私の好きなものもたくさんコレクションされていて。その中で鞄に

使えそうなアンティークパーツを見つけたので少し譲っていただいた。昔家具の装飾に使われていたパーツ

きっと素敵な鞄ができるでしょう。創作意欲もわいてきて、さて帰ろうとふと見ると街は人、人、人・・・

やっぱり休日の都会は疲れるなあ・・・と人に酔いそうになりながら神戸の街をあとにしたのでした。 

今、BAR夜雨のための暖簾を手仕事しています。こういうのをずっと作っていられたら幸せだろうなあ

思わずにはいられない、私の純粋な領域の作品です。BAR夜雨に訪れるかたはどうぞご期待下さいね。 

 

20080430 ジャスミン

むせ返るような・・・という表現がしっくりとくる香りのジャスミンの花 咲き始めは甘さにうっとりとする

満開になるころ 私の住む町ではいたるところで咲いているので甘さに酔いそうなくらいに強い香りに変って

しまう。ジャスミンの花の匂いはいつも女性を思ってしまう。なぜだろう。本当に感覚的なんだけれども。 

オーダーを頂いている鞄を一つ一つ作り始める。今は「やさしい休日を過ごすイメージ」というオーダー鞄

を作っている。日々仕事に追われているから、休日にはやわらかく、やさしい気持ちになりたいと話してく

れたお客さま。わかるわかる。出来るだけやわらかなものをお届けしてあげたいなあと思う。私のオーダ−

はそういった感覚的なものが多い。だから作るのもイメージを広げたり、深めたりしてとても楽しい仕事。

やさしい休日。咲き始めた一輪のジャスミンのふっと香る甘い匂い。その匂いに包まれる時間のような鞄。

 

20080429  受け継いでいくこと

先日着物のことで訪ねた祖母から手紙が届いた。私が古い日本の文化に興味を持ち深く知りたいのだという

ことを喜んでいるという内容だった。そこには「私がやってきたことも間違っていなかったのだと知りとても

うれしい」ということも書いてあった。祖母は50歳から茶道の道に入り、私が生まれた時には日常の中に

茶道とか華道とかいうものがあった。小さな頃からお茶席で着物を着てちょこんと座って稽古を受けていた

お茶の先生である祖母とは昔からいろいろな話をして、私はとてもおばあちゃん子だった。 そんな祖母の

生きてきた歴史が、私の歴史に知らず知らず受け継がれていたのだと今更ながら気がつき、大切な事をまた